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マイマイ新子と千年の魔法探検隊3(昼食後)

 さて昼食後の探検隊レポです。この辺りから疲れで説明をろくに聞けてないので(すみません)、説明が間違っている可能性は大です。突っ込んでいただけると助かります。と思っていたらGIGAZINEさんに記事が載っているのでそれを見ればいいと思うよ!

 さて弁当の話から入ります。この弁当は原作に出てくる弁当で、新子ちゃんたちが遠足に行くときに持っていったのと同じメニュー。再現をしたのは山口大学の教授らしいです。で、昼食をとっている国衙会館は公民館みたいなところで、壁には賞状などが飾られていました。そんな中にこのようなものも。

 英語、中国語、韓国語で書かれているパネル(正確には額に入っているので違うのですが)。これはファン手製の作品。しかしこの映画にはファン手作りのグッズが多いなぁ。シール、バッジ、スタンプなど。

 さて13時に出発した探検隊が止まったのがここ。

 なんの変哲もないような祠ですが、作品では「祠のお大師様がめったに帰らないお父さんに化けて出てきたのかと思ったぁ」というセリフで出てきます。

 それから先に進んだところで出てくるのは、映画冒頭で口げんかする場面の元になったところ。映画では竹やぶですが、今は住宅や原っぱになっています。ちなみに昔は竹やぶだったそうです。この近くに高樹のぶ子さんの実家もあったとのこと。そして直角の川。

 

 歩き出す一向。目指すは工場があるところですが、ところどころで解説が入ります。というわけで、次の写真です。

 

 新子ちゃんがタツヨシの家まで駆けていく場面に出てくる祠。この道を通ってタツヨシの家まで行ったのですね。

 ちなみにこの道の途中にごみ屋敷があり、防府在住のかたがたが「防府にもこういうのがあったのねぇ」と言っていたのが印象的でした。映画と全く関係ないですが、防府は広いんですよ!映画観ていたときはそういう印象はなかったのですが。

 閑話休題。次の写真です。ただの野原、ではなく、元は周防国国府周防国府津があったところで、奥のほうには、勝間神社があります。新子ちゃんと貴伊子がここの石段に座って千年前の女の子がどんな子だったのか、想像する場面ですね。(3/20追記 監督からtwitterで「ただの野原、ではなく、元は周防国国府があったところで」は「周防国府津があったところ」ですね。と指摘がありました)

 ちなみに昔は海だったらしく、先ほどの写真でいうとガードレールの向こう側は海だったそうです。ここも昔は海だったらしく、それがよく分かるのが次の写真。

 

 段差になっていますが、これは海だったころの名残だそうです。高くなっているのは陸地で、低くなっているのが海だったところ。

 そんな海だったところを歩いて勝間神社へ。結構小さい場所でした。後ろには山陽本線の線路がありましたが、高架化されたときに南に移動しました。なんでそのまま高架にしなかったのかというと、文化財の保護という観点からだったそうです。

 

 海だったところを歩くとカネボウの工場へと続く引込み線の跡がありました。今は写真のように工事中です。

 そこから歩いて説明が入ります。埋立地の説明。千年前に海だったが、江戸時代に埋め立てられて、毛利家の大名が隠居して住んだという話でしたが、疲れていたので詳細は覚えてません。すみません。

 本当の新開地。今はかなり寂れていますが、昔は人通りが多かったそうです。

 そこから工場の敷地へ。ここはカネボウの工場がありましたが、今は化学繊維の会社になっていました。カネボウというとペンタゴン経営でしたっけ?化粧品、食品、繊維、とか。ちなみに今は化粧品にその名を残すのみで、家庭用品はクラシエになったんだっけか。町名は鐘紡町

 

 その中にある事務所として使われた建物。今はもう使われていないのですが、ロケハンのときは中に入ることができたそうです。

 社宅。ここも数年前の台風で建て直されて、当時の建物ではないとのこと。あと映画にも出てきたモニュメント。

 

 そこから歩いてロックシティ防府で解散となりました。当日は天気が心配されたのですが、ほとんど雨も降らずに終わってよかったです。

 ただ距離が予想外で、8kmから10km歩いたのでは、とのこと。万歩計では1万歩以上。というか、貴伊子ちゃんはここから歩いて小学校に通ったのか……。健脚少女じゃないか!東京からの転校生なのに。そして前日に大平山までレンタルサイクル(ママチャリ)で行った私は「ママチャリで行かなきゃよかった」と後悔。

 それからタクシー相乗りで防府駅まで戻り、ホテルで30分ほど寝た後『片渕須直ナイト2』に行くのでした。続くの?