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古谷経衡『クールジャパンの嘘』の揚げ足どり(3)

 

批判するのに飽きてきた。

unterwelt.hatenablog.com

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この本のダメなところを上げると

1.歴史的な間違いが多いのでは?

になります。(2)で美少女ゲーム史の間違いを指摘しましたが、それ以外にも文化受容史も首を傾げるところが多かったです。小林信彦のエッセイを読む限りでは、戦争直後の日本でアメリカ文化が受け入れられたのは、GHQの強制ではなく戦前からアメリカ文化を受容していたからではないかと思うのですが。*1

それに、そもそも江藤淳の『閉ざされた言語空間』に書かれていることを鵜呑みにしすぎているのでは、と江藤淳の本を読んでいない自分には思えます。

では、なんでこんな文章になってしまうのかというと

2.結論から考えているからでは?

という風に思えます。例えば上の事例ですと

「なぜクールジャパン戦略で中韓反日感情がなくなると思うのか」→「それは日本人が敗戦直後にGHQにやられたから、それが可能だと思い込んでいるのだ」という結論が先にあって、そこから論説を組み立てているように思えます。

それは歴史以外にもあって、氏は海外で受けるアニメについて

世界で評価されるわが国のアニメは、概して無国籍であったり、そこに特段の「日本的主張」が存在しないSF作品であったりする。(P.246) 

 そして更に大前提的な誤解が存在するのは、「日本的要素」というのは、なにか物語的な世界観の設定(例えばそこが東京であったり日本であったりする)や、キャラクターの造形においての「日本的主張」の存在(登場人物の着衣が着物であったり、格好が侍だったりする)であると思い込んでいる節がある、ということである。(中略)しかし観客は無国籍化された日本のアニメや、SF世界の中に、物質外の「日本」を感じているからこそ、それが日本のアニメだと認知し、そして「ジャパニメーション」を高く評価せずにはいられないのである。(P.247)

と書いています。そしてその例として『攻殻機動隊』やジブリ作品の舞台がほとんど日本でないことを上げています。

ところが氏は前章で海外で評価されている作品として今敏監督作品を上げています。今監督作品はフィルモグラフィーを見る限り、「無国籍」で「日本的要素」が全くない作品とは思えません。むしろその逆ではないのでしょうか。

もし、先ほどのような主張をするならば、「今監督作品は東京や日本を舞台にしていながら、なぜ海外からの評価が高いのか」を書かないと前の章とのつじつまが合わないのではないでしょうか。しかし、その事には全く触れていません。それは結局のところ、結論ありきの文章なので、こうした事が起きてしまうのではないかと思います。

更に言うと

3.決めつけが強すぎる

ということです。

例えば角川歴彦氏を「アニメの知識が一般人と同じくらいしかない」という風に書いていますが、『エヴァ』にも製作で名を連ねている人のアニメの知識が一般人並みとは思えないのですが。

エヴァ』の名前を出しましたが、『エヴァ』についても

エヴァはその映像演出の妙味や、聖書や心理学に基づく難解なキーワードの解釈、および最終話の複雑極まる心理描写の是非を巡って大論争が繰り広げられたのであり、「二次元キャラクターを愛好する」という、性欲の対象となる要素などあろうはずもなく、そしてそのような性欲の衝動を以って、列島が第三次アニメブームに湧いたわけではないからである。(P.198)

エヴァがここまで熱狂をもって受け入られたのは、こういった女性キャラが性的エロティシズムを蓄えていたから、というわけでは決してない。「俺は綾波が好き」「いやアスカが好き」というガキっぽいキャラクター愛の趣味(三鷹市水道局事件)はあったものの、それをまるで変態性欲のはけ口、偏愛のように捉えて当時、エヴァを見ていたものは基本的にはゼロといっても過言ではない。(P.198)

と書いています。「二次元キャラクターを愛好する」というのがストレートに「性欲の対象」となるのかはともかくとして、 この見方はあまりにも一面的すぎるのではないでしょうか。

私は『エヴァ』に思い入れがなく、また当時はパソコン通信などやっていなかったのでリアルタイムの熱狂というのは分かりませんが、当時からキャラクターのエロパロ同人誌はあっただろうし、「レイかアスカか」で盛り上がっていたんじゃないの、とは思います。少なくともゼロといっても過言ではない、というのは過言だと思います。

ついでに書くと、貞本義行のキャラデザインに性的エロティシズムが蓄えられてないとは思えないのですが。だいたい、あんなボディラインに沿ったプラグスーツを着てエロティシズムがないというのもなぁ。自分にはそうしたものは分からないと書けばいいのに、どうして「ない」と断言するのかという気持ちになります。

で、こういう決めつけをする人が萌え作品として例に挙げるのが

らき☆すたけいおん!アイドルマスターかんなぎtoloveる原文ママ)、ToHeartAirCANON原文ママ)、BL、エロゲー原作

 となります。著者にとって萌えアニメとは「秋葉系の中でしか通用しない前提を共有する作品」だそうですが、正直なところ自分の嫌いな作品を上げているようにしか思えません。

私はどの作品のファンではありませんが、いくらなんでも『ToLoveる』と『Air』では作風も違いますし、「美少女が出てくるから全部萌えアニメ」という大雑把なくくりでしかないと思います。というか、たぶん『Air』と『エヴァ』では、作品の展開年数の違いはありますが、後者の方が18禁同人誌は多いと思います。

 

こうして見るとクール・ジャパン批判のはずなのに、この本は萌えアニメ・アキバ批判にしかなっていないのです。その結果、出てくるのは「自分の好きな中野系アニメに支援すべきである」という提言なのです。中野系アニメというのがどんな作品なのかさっぱり分からないのですが、著者が中野系として挙げている『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』の女性キャラクターに憧れや劣情を抱いていた人がいなかったとは思いません。*2

そもそもすぐれた作品はストーリー、キャラクター、設定、絵の動きなど様々な要素から語れるものであって、むしろ著者のエヴァに対する理解の方が作品への見方が狭いとしか思えません。

さらに書くと日本のポップカルチャーの海外展開というのであれば、ジャパンエキスポや『ポケモン』についても触れるべきだと思うのですが、全く触れていません。

この事からこの本は「クールジャパン批判に見せかけた萌えアニメ批判本」でしかないと思います。結局のところ、著者はアニメにしか興味がないのだと思います。

あと、こういう本を書くのであれば「クール・ブリタニカ」にも触れてしかるべきだと思うのですが、クの字もブの字も出てきません。「クール・ブリタニカ」は成功したとは言えない国家プロジェクトなのだから、それを踏まえて書けばいいのになぜそのようにしなかったのか、疑問に思います。

 

著者がやるべきは他国との比較、歴史を踏まえたうえでの提言ではなかったのでしょうか。それをせず、ただ「自分の好きなものに予算をつけろ」という提言をするこの本は、読むに値しない本であり、自分の見方以外を排除する著者が文化について書く資格があるとは思えません。

 

クールジャパンの嘘―アニメで中韓の「反日」は変わらない

クールジャパンの嘘―アニメで中韓の「反日」は変わらない

 

 

 

 

*1:ちなみにアメリカの劇作家ソーントン・ワイルダーの『わが町』の初演は1941年4月

*2:唐沢俊一は昔、森雪の出てくるエロ小説を書いたらしいです。本当なのかは不明ですが