燃え殻『ボクたちはみんな大人になれなかった』とDVD、もしくは1997年にDVDはあったのか問題

「D・V・D! D・V・D!」>挨拶

 

燃え殻『ボクたちはみんな大人になれなかった』という小説が売れています。内容はものすごくざっくり書くと主人公が1990年代後半を回想するというものです。で、売れているので読んでいたら、こんな文章がありました。

やけに大きなテレビがあって、部屋の隅には背丈の低い木製の本棚があった。そこに女性誌と少女マンガとDVDがごっちゃに入っていた。

これを読んで私は首を傾げてしまいました。この小説の舞台が2000年代前半なら納得したのでしょうが、私の読み違いでなければ、これは1997年夏『新世紀エヴァンゲリオン劇場版Air/まごころを君に』が上映された時期の描写なのです。部屋の住人は女優志望の会社社長の愛人の一人。そういう人の家にDVDがあるのでしょうか。

はて、この頃DVDは普及していたのでしょうか。そもそもDVDはあったのでしょうか。

 

ウィキペディアによると家庭用のプレーヤーは1996年に発売されているそうです。ただ「発売されている」と「普及している」は違います。例えば携帯電話も1980年代には発売されていますが、だから1980年代に携帯電話は普及したとは言わないでしょう。

というわけで、普及率を調べようとしたのですが、これが難しい。内閣府の「主要耐久消費財の普及率の推移(二人以上の世帯)」というデータがあったのですが、DVDプレーヤーの再生専用機と再生録画兼用機の調査が始まったのは2005年からなので、それ以前が分からないのです。

ところが積読していた佐藤正明『陽はまた昇る』というVHSに関するノンフィクションのエピローグにこんな文章を見つけました。

再生専用のDVDは米国市場では、娯楽性の強いホームシアターとしての用途が広がっている。全世界の出荷台数は98年に220万台に達し、99年は420万台と予想されている。

 98年に220万台ということはその前年は200万台に達していないと考えるのが妥当でしょう。しかしこれは国内の数字ではなく、全世界の数字です。全世界で200万台に達していない商品を、女優志望の会社社長の愛人の一人が持っているとは思えないのです。この時期DVDを持っていたのは、よほどのAV機器マニアではないのでしょうか。

 

ではDVDが普及したのはいつ頃なのでしょうか。これは私の感覚になってしまうのですが、プレイステーション2の発売された頃だと思います。これまたウィキペディアによるとプレイステーション2の発売は2000年で価格も専用機より安かったため、『マトリックス』のソフトと併せてDVDの普及に貢献したとあります。

また冒頭の挨拶は「姉DVD」というエロ漫画のネタなのですが、このマンガが収録されている単行本が2003年発売なので、この頃にはネタにできるくらいには普及したと考えてもいいかと思います。

また内閣府がDVDプレーヤーの統計を取り始めたのが前述のように2005年からと考えると、やはり1997年の女性の部屋の描写としては不適当だと思います。

ついでに書くとPCゲームではDVD-ROM形態がメインとなり始めるのは2004年以降ではないかと思います。『君が望む永遠』(2001)、『マブラヴ』(2003)、『Fate/stay night』(2004)はCD-ROMでの発売なので、まだPCがDVDに普及しているかメーカー側も 判断着きかねていたのではないかと思います。*1

 

とはいうものの、これは小説の欠点だとは思えません。なぜなら、この小説は『この世界の片隅に』のように90年代後半の風俗を余すところなく書くというものではないでしょうし、著者もそこに重点を置いていないでしょう。

ここで必要となるのは「90年代っぽいアイテム」であって、「90年代の正確な描写」ではないのです。つまりノスタルジーを刺激されるものなら何でもいいわけで、この小説では小沢健二、『劇エヴァ』、ジャミロクワイなどの固有名詞が出てきますが、それがブラー、オアシスなどのブリットポップ勢や『トレインスポッティング』でも問題ないのでしょう、と思ってしまうのは、私が著者より一回り年下で作中にある固有名詞に思い入れがないせいかもしれません。

 ただこのように考えると、映画『バクマン』ではジャンプ編集部でロケを行うようにディテールにこだわりそうな大根仁が絶賛するのが個人的には不可解なのですが、まぁ大人はそんな些末なところは気にしないのでしょう。それに『バクマン』しか観ていない監督のことをこういう風に書いたらいけませんね。

 

ちなみに私が初めて買ったDVDは2000年に発売された『セラフィムコール11話 「内なる世界の私」』でした。DVDプレーヤーもないのに買っていたのは我ながらはまっていたんだなぁと思うのです。プレーヤーがないのにLD-BOXも買ったしな。

 

ボクたちはみんな大人になれなかった

ボクたちはみんな大人になれなかった

 
陽はまた昇る映像メディアの世紀 (文春文庫)

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セラフィムコール 第十一話「内なる世界の私」 [DVD]

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*1:なお2004年発売の『CLANNAD』はDVDのみ