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『魔法少女リリカルなのはTHE MOVIE 1ST』

 テレビ版はDVDで1回見て、その時は「ジュエルシード半分こ」は大変ツボだったが、その後の「新しい私になるために」というフェイトの言葉にがっかりしたのでした。さて劇場版はどうだったかというと、テレビ版より良くないというのが正直な感想でした。何でこれがヒットするのか、感動するのか、ちょっと分からないくらい。

 というわけで感想というか、気になったところを箇条書き。『なのは』と『マイマイ新子』のネタばれしてます。

・まずベッドから起き上がったなのはの髪がツインテールツインテールのまま寝ないだろ普通。
・「1週間経過」とテロップを出すのは芸がないと思います。ついでにいうとアースラとかリンディ、クロノをテロップで紹介するのも違うような。ていうか、あとで自己紹介させるならいらないと思うぞ。
・あと日数経過をナレーションでやるなよ。
・正直アリサとすずかの描写ってなくてもいいんじゃなかろうか。
・なのはがフェイトと友達になりたい理由が飲み込めないんですが。映像で説得するわけでもなし。
・そもそも「私たちの物語はまだ始まってない」とか「新しい私になる」なんてことを言ってはいけないと思うんだけど。「私たちの物語はまだ始まってない」というならジュエルシードをめぐる闘いはなんなんですか。出会った時が物語の始まりじゃないのか。それともプロローグなの?だとしたら2時間は長すぎる。
・「淋しそうな眼をしたあの娘と友達になりたい」というのならその淋しさ(母のためにジュエルシードを集めているのに認めてもらえないこと)に対してなのははフォローすべきだよなぁ。というか、なのははフェイトがプレシアのために頑張っている事を肯定すべきなのに、それをすっ飛ばして「名前を呼んで」では感情移入できません。それとも、これは私のせいですか。
・で、『なのはA`s』で、はやてとリインフォースの関係性が納得できるのは、はやてがリインフォースに干渉しているからだと思うのです。闇の書が暴走したときに「あんただってこんな事を望んでないんじゃないのか」とか。それははやてがリインの主だから、なのかもしれませんが、それに似た描写は入れるべきかと。
・あと昨年公開の傑作アニメ『マイマイ新子と千年の魔法』では貴伊子が香水をつけて登校した時に周りが「臭い」とか「外国かぶれ」と言っているのに、新子は「臭い?どちらかと言うといい匂いなんじゃけどなぁ」と貴伊子の香水を否定してない。しかもご丁寧に、貴伊子の家に行った(というか半ば押しかけたみたいだが)ときには、貴伊子が「香水なんてつけてこなきゃ良かった」と言うのに対して小声で「そんなことはないけん」と否定している。で、物語後半で新子が「千年の魔法とか止めて、貴伊子を困らせないようにします」と自分の空想や想像を否定する手紙をよこした時に、貴伊子は「それは違うよ」と心の中でつぶやいている。人と人が仲良くなるという物語を書くなら、こういう描写が必要だと思うのですよ。
・そのような描写がないから「なのは×フェイト」がどうも駄目なんだろうな。でもネタに走ればOKというのは我ながら意味不明だ。

 なんだか「なんでこれがヒットして『マイマイ新子』が興行的に苦戦しないといけないのだ」と思ってしまいました。これは映画ファンがイーストウッドの新作を観ながら「なんでこれがヒットしないで下らない邦画がヒットするんだ」というのと同じなんでしょうか。イーストウッド観たことないけど。